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はじめに

児童相談所

はじめに

私は「その話」を最初に聞いたとき、信じることができなかった。

医師という立場上、精神医学の問題に関しては、すさまじい被害報告にも非現実的な出来事にも数多く接してきた。そんな私でも「その話」を最初は信じることができなかった。それほどにこの問題は闇と非道に満ちている。この問題の恐ろしさにくらべたら、世間で行なわれている詐欺などの犯罪行為のほうが目的や動機がはっきりしている分、むしろすがすがしく思えてくるほどである。

本書のタイトルを見て、さらにこの「はじめに」を読んでみても、この本で訴えかけていることがいったい何の問題なのか、まだあなたにはわからないだろう。この本はそれほどまでに難しい問題を問いかけている。

私のさまざまな知人・友人に質問してみても、医療問題や精神医学の問題については、みなある程度、認知していた。しかし相当に知識を持った人であっても、この問題についての知識は皆無であった。何気なく本書を手に取ったみなさんの中にも、この問題について知識を持っている人はまずいないであろう。それがこの問題についての日本の現状である。

この本は売れないかもしれない。こんなことを冒頭で述べる本もそうないはずである。しかしそれでもこの記録だけは残さねばならない。一人でも多くの人に理解してもらわねばならない。

そもそも「児童虐待」という話題になら、多くの人たちは興味があるはずである。それならば、もう一歩踏み込んで、現実を知っていただきたい。その闇はどのように深く、なぜ多くの方が悩んでいるように、児童虐待死は減らないのか。そして、児童相談所は役立たないのか。その謎を解くカギは、本書の中にあるといって過言ではない。

私には二歳の娘がいる。私が知識を蓄えていなければ、この子がいつ何時、児童相談所に「保護」とは名ばかりに拉致されるかわからない。

虐待をしていなければ、心配ないではないか? そんな問いを持った方こそ、本書を読んでほしい。虐待の有無などいっさい関係ない。私は虐待などしていない「つもり」だが、児童相談所にとってはそんなことはどうでもいいことなのである。その中身と理由については本文中で明らかにしていこうと思う。

児童福祉、児童虐待に関して門外漢である私がなぜこの本を書くに至るのか疑問に思われた方がいるかもしれない。もちろん私自身は精神医学、心理学への批判を続けてきた人間という原点があり、それに基づいての行動であることは間違いない。この児童相談所問題に関しても、児童精神科医という希代の悪魔たちが跳梁跋扈していることは間違いない事実であり、それを駆逐するためにもこの児童相談所問題を広く啓蒙する必要性があることは、論を俟たないであろう。

しかし、それ以上に直接的な理由としては、私自身、幼い娘を持つ親であることがあげられるだろう。

想像していただきたい。あなたの子どもが明日、急にいなくなり、二度と会えなくなるとしたら、あなたはどうするだろうか? 面会さえも一切拒絶されるような状況になったら、あなたはこの国のシステムを許容することはできるだろうか?

私にはできないだろう。もし私が身に覚えのない虐待の罪を着せられ、子どもが家に帰りたいという希望もうち捨てられ、この日本のだれに述べても相手されないとするならば、おそらく私は日本にも児童相談所にも児童精神科医にも、手ぬるい手法などとらない。もしかしたら亡命するかもしれない。もしかしたら他の方法をとるかもしれない。決して許すなどということはありえまい。欺瞞と謀略に満ちたこの問題を放置することは、一人の親として決して許されることではないと強く思う。私の子どもが拉致されなくても近所の子さえいつ拉致されるかわからないのだ。こんなことを行なうのが国なら、そんな国など崩壊に値するといって過言ではない。私がこの問題について筆をとった理由は、まさにここにあると言ってよいだろう。

前著『精神科は今日も、やりたい放題』『大笑い!精神医学』では、精神医学のウソと詐欺性と犯罪性について取り上げたが、そのことと児童相談所のウソと詐欺と犯罪性には共通するものがある。そこには法律上の問題だけでなく、児童精神医学や児童精神科医という存在が深く関係している。ひと言でいえば、この本に書かれた行為は児童相談所と児童精神科医が企てた共謀犯罪と呼んで差し支えない。その真実を知りたい方だけがこの本を読むべきである。それほどに現実はむごく非道であり、怒りを禁じることは難しい。

私は日本でもこの問題がクローズアップされ、何らかの議論が起こり、法律の改正が行なわれることを強く望み、この本がその一助になってくれないかという淡い「妄想」を抱いている。

もしかしたらそれは日本という腐った国には高望みなのかもしれないが、人々が真実を知ったとき、日本人がどう動くのか、私は見極めたいのかもしれない。本当は日本人もそこまで腐ってはいないのだと証明してくれることを信じたいのかもしれない。

さあ、あなたに覚悟ができたら次のページに進んでほしい。

そして、あなたはこの事実を知った上でなお放置することができるだろうか。もしそれを放置するのなら、あなたは児童相談所と同じ深い闇を抱えた同罪者といえるかもしれない。

最後に、前作以上にタブーたる内容にもかかわらず、出版を決意していただいた方々と、どんなときも変わらず強く私を支えてくれる妻とわが愛娘に、あらためて感謝の意を表したい。

児童相談所の怖い話

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